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サービスワーカーキャッシュでオフライン閲覧可能サイト構築

サービスワーカーとは ─ まず押さえる基礎知識
サービスワーカーは、ブラウザとネットワークの間に入って通信を仲介するスクリプトです。静的ファイルをキャッシュし、リクエスト時にネットワークが不安定でもキャッシュを返せるため、ページをオフラインで表示できます。HTML や CSS だけでなく、画像・PDF など任意のアセットも扱えるため、施工手順書や配布パンフレットのような“更新頻度は低いが閲覧は急ぎたい”資料と非常に相性が良い仕組みです。サービスワーカーは HTTPS 上でのみ動作し、バックグラウンドで実行されるため、ユーザーの操作を邪魔せず体験を底上げできます。
オフライン対応が価値を生む3つの現場
電波が届きにくい、あるいは通信輻輳が起こりやすい場面では、一度キャッシュしたデータが業務効率を大きく左右します。代表的なユースケースを整理すると次のとおりです。
シナリオ | 主な課題 | オフライン対応で得られる効果 |
---|---|---|
工事現場での施工手順書閲覧 | 圏外・地下・鉄骨干渉でページが開けない | 現場で手順を即確認し、作業中断を削減 |
イベント会場でのパンフ配布 | 観客集中で帯域不足、紙コスト増 | QR 経由でも遅延なく閲覧、配布印刷ゼロ |
配送ドライバーのマニュアル確認 | 山間部・高速移動で回線が切れる | 走行中に安全手順を即参照しヒューマンエラー低減 |
工事現場
コンクリート壁や鋼材が電波を吸収し、現場は“圏外”になりがちです。作業者が PDF 手順書を開くたびにロードが止まると、品質と安全性に直結します。サービスワーカーでファイルを事前キャッシュすれば、図面や手順動画をタップ一つで呼び出せます。
イベント会場
大規模ホールや仮設スタジアムでは、観客のスマートフォンが一斉に接続し帯域が枯渇します。パンフレットを紙で刷ると物流・廃棄コストが増えますが、Web 化しても読み込みが遅ければストレスを与えます。キャッシュ済みページを QR で案内すれば、通信状況に左右されず閲覧できます。
配送会社
長距離ドライバーは山間部やトンネルを頻繁に通過します。通信が切れた瞬間に業務マニュアルが開けないと、誤配送や法令違反のリスクが高まります。端末にキャッシュしておけば、走行中でも必要な情報にアクセス可能です。
サービスワーカーキャッシュの基本構造と流れ
- 登録(Registration)
ページ読み込み時にnavigator.serviceWorker.register()
を呼び出してスクリプトをブラウザに登録します。 - インストール(Install)
インストールイベントでcaches.open()
を使い、必要なアセットを事前にキャッシュへ格納します。 - フェッチ(Fetch)
以後のリクエストはフェッチイベントで奪取されます。オンラインならネットから取得し、オフラインならキャッシュを返す、など条件分岐で制御します。 - アクティベート(Activate)
旧キャッシュの削除など、バージョン管理を行い更新ファイルだけを残します。ブラウザは最新版を自動適用するため利用者の操作は不要です。
ポイント
- キャッシュ名にバージョン番号を含めると更新時に旧キャッシュを安全に削除できる
- JSON など API レスポンスもキャッシュ対象にすれば、ダッシュボード系 SPA もオフライン動作可能
なぜ「オフライン閲覧」だけで投資対効果が高いのか
- 作業停滞の削減:1 分の読み込み待ちが 1 日延べ 30 分のロスになれば、人件費は数万円単位で膨らみます。
- 印刷・再配布コストの圧縮:A4 カラー 1000 部を毎回刷ると数万円、紙ゴミ処理費も追加で発生します。
- 顧客体験の向上:イベント来場者が資料をストレスなく閲覧できれば、商品・サービス理解が深まり、後日の問い合わせ率向上につながります。
オフライン対応が与えるUXインパクト
指標 | オフライン未対策 | サービスワーカー導入後 |
---|---|---|
初回表示速度 | 7〜10秒 | 2〜3秒 |
再訪時表示速度 | 7〜10秒 | 0.5〜1秒 |
離脱率 | 25% | 10% 以下 |
問い合わせ件数 | 100 件/月 | 130 件/月 |
ここまでのまとめ
サービスワーカーは「ネットが繋がらない」場面を前提に設計された仕組みで、工事現場・イベント・長距離輸送といった電波が不安定な環境にこそ真価を発揮します。基礎動作は登録・インストール・フェッチ・アクティベートの4ステップで理解でき、設備投資を大きく増やさずに導入可能です。次章では、実際に自社サイトへ組み込むための要件定義とプロトタイプ作成の流れを具体的に解説します。
導入ステップ:要件定義から公開まで
1. ゴール設定とステークホルダー整理
まず「誰が・どこで・何を閲覧し、どの頻度で更新するか」を洗い出します。工事現場の作業員、イベント来場者、ドライバーごとに必要資料とタイミングが異なるため、利害関係者を横串で把握すると要件の漏れを防げます。
2. コンテンツ棚卸し
既存 PDF、動画、図面を一覧化し、サイズ・更新頻度・優先度を記録します。容量が大きい動画はストリーミング fallback を検討し、頻繁に差し替える作業手順書は分割してキャッシュ削除しやすくするなどの工夫が必要です。
3. サイト構造・URL 設計
オフライン対応では URL がキャッシュキーになります。末尾にバージョン文字列を付与する、日付ごとにディレクトリを切るなど、一目で世代管理できる命名規則を決めましょう。
フェーズ | 期間目安 | 主担当 | 成果物 | 注意点 |
---|---|---|---|---|
事前調査 | 1〜2 週 | PM | 要件定義書 | 電波状況の実地測定を含む |
基本設計 | 2 週 | 情シス | サイトマップ・URL 一覧 | ページ階層と更新フローを結合 |
プロトタイプ | 1 週 | フロントエンド | キャッシュ動作モック | 全端末でインストール確認 |
コンテンツ準備 | 3 週 | 各部署 | PDF・画像最適化 | 圧縮とメタデータ統一 |
総合テスト | 1 週 | QA | テスト報告書 | オフラインモード検証必須 |
公開・運用 | 継続 | CS/運用 | モニタリングレポート | 監視ログと更新手順の整備 |
4. サービスワーカー設計・実装
- エントリーポイントは
/sw.js
などルート配下に置く - キャッシュ名に
cache-v3
などバージョンを必ず付与 - インストールイベントで
precacheManifest
に記載した静的アセットをcaches.addAll()
- フェッチイベントでは
stale‑while‑revalidate
を基本方針としつつ、PDF など一意性が高いファイルはcache‑first
で即時応答 - メッセージ通信で新バージョンを検知し、画面に「更新があります」と通知する仕組みを入れると誤配布を防げます
5. テストとユーザー検証
Chrome DevTools の Network パネルで “Offline” を選択し、キャッシュレスポンスが返るか確認します。さらに実機で機内モードを切り替えながら動作確認を行い、パフォーマンスログを収集しておくと改善ポイントが明確になります。
6. 本番公開とモニタリング
公開後は Lighthouse CI や Web Vitals を定期実行し、First Contentful Paint や Total Blocking Time を計測します。キャッシュヒット率が 80 % を下回る場合は、プリキャッシュ対象の見直しや、ランタイムキャッシュの保持期間を延長するなど改善を行います。
キャッシュ戦略ベストプラクティス
戦略 | 長所 | 短所 | 適用例 |
---|---|---|---|
Precache Only | 初回以降 100 % オフライン | 初期 DL が重い | 施工手順 PDF |
Runtime Cache First | 表示が高速 | 更新遅延リスク | 図面 PNG |
Stale‑While‑Revalidate | 表示速度と鮮度の両立 | 実装が複雑 | パンフ HTML |
Network First | 常に最新データ | オフラインで失敗 | ニュース系 JSON |
プレキャッシュ vs ランタイムキャッシュ
プレキャッシュは更新頻度が低い静的アセット向け、一方ランタイムキャッシュはユーザーが遷移ごとに発生させる API 約定や動的画像に適しています。組み合わせて使うことで帯域とストレージ消費のバランスが取れます。
更新ポリシーの選択
- 時間ベース: 24 時間ごとに再取得。イベント会期や工事日ごとに切り替わる資料に適用。
- バージョンベース: MD5 ハッシュやファイル名にビルド番号を追加し、差分検知が容易。
- ユーザートリガー: 管理画面で「最新版配信」ボタンを押すと全端末に push で更新通知。緊急改訂マニュアルに有効。
バックオフとフェイルセーフ
ネットワークリクエストが連続失敗した場合、指数バックオフでリトライ間隔を伸ばし、不要な電力消費とサーバー負荷を抑制します。また、キャッシュが存在しない URL にはフォールバックページを返し、「接続がありません」の味気ないエラーを排除しましょう。
実装ケーススタディ
工事現場向け資料ページ
- 課題: 圏外・地下階層での PDF 未読状態
- 解決策: 施工手順書を分割し、それぞれを
precacheManifest
に登録。差し替え部分のみビルド番号付きで再配信 - 成果: 読み込み成功率 95 % → 100 %、作業中断件数が半減
イベント会場 QR パンフシステム
- 課題: 回線混雑による読み込み遅延、紙パンフ廃棄コスト
- 解決策: パンフ HTML と画像をすべてプレキャッシュ。初回アクセスは 3 G 回線を想定し 2 MB 以下に抑制
- 成果: 表示速度 10 秒 → 3 秒、印刷コスト年 120 万円削減
配送会社ドライバーズマニュアル
- 課題: 山間部走行中のマニュアル未表示
- 解決策:
cache‑first
とし、バックグラウンド Sync API で帰庫後に差分更新 - 成果: ヒューマンエラー関連クレーム 30 % 減、CS 教育コスト削減
よくある課題と対処法
キャッシュが肥大化して端末容量を圧迫する
- 原因: 画像や動画を無制限にランタイムキャッシュ
- 対処:
maxEntries
とmaxAgeSeconds
を設定し、古いエントリーを自動削除
iOS の制限でバックグラウンド同期が動かない
- 原因: Safari の Service Worker 実装が Sync API に未対応
- 対処: オフライン時は IndexedDB に差分を書き込み、次回オンライン時にフェッチイベントでアップロード
社内プロキシが Service Worker をブロックする
- 原因: .js ファイルがキャッシュ不可ヘッダー付きで社内配信される
- 対処:
Cache-Control: public, max-age=0
を設定し、SW 本体を常にネットワーク取得させる
課題 | 典型的原因 | 現実的な解決策 |
---|---|---|
キャッシュ肥大化 | 大容量ファイルの無差別保存 | LRU ポリシーで自動削除 |
iOS 非対応 API | Safari の制限 | IndexedDB + 再送ロジック |
プロキシ遮断 | 企業ネットワークの設定 | HTTPS allowlist を申請 |
セキュリティ・更新管理の注意点
HTTPS と CSP の徹底
サービスワーカーは HTTPS を前提としますが、Content‑Security‑Policy を併用しスクリプトの差し替えを防ぎます。script-src 'self'
に加え、PDF ビューアなど外部ドメインを許可する場合は最小限のオリジンだけを列挙してください。
コンテンツ改ざん検知
integrity
属性でハッシュを付与し、改ざんファイルをブラウザ側でブロック- バックエンドでも SHA‑256 を記録し、運用監視でハッシュ不一致を通知
アクセス制御とログ
社外秘マニュアルはトークン認証か Basic 認証を併用し、キャッシュ保存前に権限判定を行います。Service Worker では fetch
時のレスポンスヘッダーを確認し、401
が返ったらキャッシュ追加を避ける実装が安全です。アクセスログを BigQuery 等に連携すると、閲覧傾向と想定外の共有漏洩を可視化できます。
セキュリティ項目 | 推奨設定 | 検証頻度 |
---|---|---|
HTTPS 証明書 | 有効期限 90 日 | 自動更新 & 監視 |
CSP | script-src 'self' | 障害対応後も再確認 |
integrity ハッシュ | SHA‑256 | リリースごと |
効果測定と継続的改善
KPI 設定
- キャッシュヒット率 80 %以上
- オフライン閲覧成功率 95 %以上
- 平均表示速度 初回 3 秒、再訪 1 秒未満
- 資料 DL 数 紙配布比 −70 %
分析サイクル
- Cloudflare Analytics 等でキャッシュ統計を日次取得
- 未ヒットが多い URL を棚卸し、プレキャッシュへ追加
- 月次で Web Vitals 評価をレポートし、CLS や TBT の劣化がないか確認
- 改善施策を GitHub Issue 化し、次スプリントで優先度設定
導入コストの概算と ROI
開発コストは既存サイトに付加する場合 40〜80 時間、ゼロからの構築でも 120 時間前後が目安です。時給 8,000 円で試算すると 32 万〜96 万円。対して、イベントで毎回 5,000 部のパンフを印刷し年間 6 回開催する企業では、印刷費だけで 180 万円超。初年度で十分に元を取れ、その後は運用保守費(証明書更新や監視ツールライセンス)を含めても年間 10 万円以下で済みます。
項目 | 新規構築 | 既存サイト追加 |
---|---|---|
要件定義 | 16 h | 8 h |
実装・テスト | 80 h | 24 h |
文書最適化 | 16 h | 8 h |
総開発コスト(@8,000 円/h) | 約 96 万円 | 約 32 万円 |
ROI 例
年間印刷費削減 180 万円 + 作業停滞削減 60 万円 = 240 万円
開発費 96 万円 ⇒ 初年度 ROI 250 %以上、2 年目以降は 2,400 % を超える計算です。
よくある質問(FAQ)
Q. 全ページをキャッシュするとストレージが不足しませんか?
A. よく使う資料ページに限定し、画像は解像度別に分けて必要なものだけをプリロードすれば 100 MB 未満に収まるケースが大半です。
Q. 社員の私物スマホにも配布できますか?
A. Web 技術だけで完結するため MDM の導入は不要ですが、私物端末は OS アップデートが不定期な点を考慮し、必ずフォールバックページを設定してください。
Q. キャッシュ更新を強制する方法は?
A. Service Worker が新しいバージョンを検出したら clients.claim()
と skipWaiting()
を呼び、バックグラウンドで即時有効化できます。重要な法令改訂などでは push 通知で再読込を促すと安全です。
Q. ネイティブアプリとの違いは?
A. Web ベースの PWA はストア申請が不要で、コンテンツを Web URL と同じ速度で更新できます。端末ストレージの占有が小さく、アップデート強制も柔軟です。
業務フロー統合のヒント
キャッシュ更新を CI/CD パイプラインに組み込み、GitHub Actions でビルド完了後に自動でバージョンタグを付与すれば、開発と運用の境界が曖昧にならず属人化を防げます。さらに、通知チャネルを Slack と連携し、更新ログをリアルタイム共有することで、現場スタッフも「いつファイルが刷新されたか」を正確に把握できます。これは工事現場の夜間作業やイベント会場の設営前チェックなど、時間帯がバラけるチームほど効果が大きく、ヒューマンエラーの芽を摘む仕組みとして機能します。補足として、社内共有の教育資料にも効果大です。
まとめ ─ オフライン対応で業務効率と顧客体験を高める
電波が弱い環境でもストレスなく資料を閲覧できることは、生産性と安全性を同時に押し上げます。サービスワーカーを核にしたキャッシュ戦略は、実装負荷を最小限に抑えつつ紙コストや待機時間を削減し、ユーザー体験を底上げします。導入後はキャッシュヒット率と UX 指標を継続測定し、運用フェーズで改善を重ねることで、投資対効果は着実に伸びていきます。